世界の法則は「欠乏」という概念に基づいていて、私たちが満たされることはありえない、と考えます。
(中略)
あなた自身が愛そのものであり、したがって、人に愛を与えれば、自分が何者であるのかを自分に教えることになる――これが愛の法則です。
以上、ジェラルド・G・ジャンポルスキー (著), 本田 健 (翻訳)『愛とは、怖れを手ばなすこと (サンマーク文庫 E- 45)
』P.63、64より引用させていただきました。
まず土台にあるのが、愛の法則では、他者に愛を与えれば、自分が豊かになる、何かを与えれば同時に自分がそれを受け取ることになるということ。
愛の法則の土台はあふれるほどの豊かさ。
一方、世界の法則は、与えることは失うこと。何かを差し出せば、自分のもとにはなにも残らず損をする。
自分の外側に愛とやすらぎを求めても自分の中はつねに空っぽのまま。
私たちはつねに何かを探し求める。そして空っぽの自分を満たそうとする。
想像上の不足を補おうとする。
自分の望みを他人に満たしてもらおうと考え、相手がその期待にこたえてくれないと苦悩する。その苦悩は、焦燥感、失望、怒り、抑うつ状態、病気などの形となって表れる。
その結果、私たちは裏切られたように感じたり、可能性を狭められた、拒絶されている、あるいは攻撃されている、と感じたりする。
唯一の解決策は
何の見返りも求めず、惜しみなく誰かを愛すること
すると、その愛が同時に、私たち自身にも与えられる
……とのことだが、最大の難点はこの法則ってほんとうにそうなのか?だ。
普通に考えると到底あり得ない話である。
でも、心の深いところでは、これこそが真理であるような気もする。
この真理はかなり前から知っていた、でも自分は実行してこなかった。
何故かというと、まさに!損をすると思っていたからだ。
惜しみなく与えることは、損だと思っていた。
心の奥深くでは、与えることが受け取ることであると信じつつも、実際にはただ与えることは損だと思っていたし、はやく結果がみたかった。
なので、無条件の愛を一度も実際には実行したことがなかった……。
本当にそうなのか確信がなく損をすることをまさに”怖れて”いたのだ。
自分にとっての解決策は、信じて実際にそれをやってみること、だろうと思う。